中村瑠輝人大河『西郷どん』の中村半次郎の子役!役どころと史実は?子孫はいるの?

      2018/01/30

中村瑠輝人くんが大河ドラマ『西郷どん』で中村半次郎役を演じています!

プロフィールと『西郷どん』での役どころや、半次郎の史実をまとめます。

実在の人物なのか、実在したならどんな人で、子孫はいるのでしょうか?

スポンサーリンク

中村瑠輝人のプロフィール

ではまず、中村瑠輝人(なかむらるきと)くんの簡単なプロフィールを紹介します♪ 

  • 名前・・・中村瑠輝人(なかむらるきと)
  • 生年月日・・・2004年04月20日(現在13歳で中学1年生!)
  • 出身地・・・東京都
  • 趣味・特技・・・側転、水泳(4泳法)、飛び箱、体操、スノーボード、日曜大工、工作、キャッチボール

瑠輝人くん、運動神経良いんですね!

水泳の4泳法っていうのがわからなかったので調べてみると…「クロールと平泳ぎとバタフライと背泳ぎ」の基本の泳法のことでした。

つまり、どんな泳ぎ方も得意ってこと!?

跳び箱や太祖言う競技も得意で、ゲレンデでもスノボだし、日曜大工にキャッチボールって、理想のお父さんか!笑

ともかく瑠輝人くんが運動神経良いのがわかりました!

そういえば、大河ドラマ『西郷どん』でも身のこなしが良かったですよね!

では、瑠輝人の『西郷どん』での役どころは?

スポンサーリンク

中村瑠輝人が『西郷どん』で演じる中村半次郎の役どころ

中村瑠輝人くん演じる半次郎は、見た目は泥と垢でまみれ、ガリガリに痩せていました。

父親は薩摩藩の武士・中村与右衛門。

身体の弱かった娘の薬代を調達する時に、騙されて藩の金に手をつけてしまい、流罪となりました。

更に畑も取り上げられて、物乞い同様なのです。

そして召し上げられた畑で、半次郎が芋を掘っている時に、庄屋とその使用人に捕まえられて殴られていました。

しかし、吉之助(鈴木亮平さん)が「子供は藩の宝だ」と、止めに入ってくれたのです。

半次郎(中村瑠輝人くん)の太刀筋は大人顔負けで、将来有望な剣士になると吉之助は思ったのでした。

 

その後、貧しさに耐えかねた半次郎一家は、薩摩藩から抜け出そうとしますが、再び吉之助(鈴木亮平さん)に出会います。

事情を知った吉之助は、赤山靱負(沢村一樹さん)にお願いして、半次郎の家の田畑を返してもらえるように取り計らいました。

 

当時の法律では、もし脱藩していたら、二度と侍として生きていけません。

半次郎(中村瑠輝人くん)は、吉之助のお陰で武士として生きていけることになったのです。

その後半次郎は、吉之助への感謝の気持ちで、畑で収穫できた唐芋を届けに来ました。

今後、半次郎が登場するとしたら、島津斉彬(渡辺謙さん)の時代が終わってからとなりそうです。

その頃には半次郎も成長して、中村瑠輝人くんじゃなく、大人の俳優さんかなぁ・・・

 

では次に、半次郎の史実についてです!

スポンサーリンク

大河『西郷どん』で中村瑠輝人くんが演じる中村半次郎の史実

中村瑠輝人くんが『西郷どん』で演じていた中村半次郎、実在します!

史実の中村半次郎のプロフィールはこちら!⇩

  • 生年月日・・・1838年12月
  • 没年月日・・・1877年9月24日(満38歳
  • 本名・・・桐野利秋(きりの としあき)
  • 通称・・・中村半次郎
  • 妻・・・ヒサ
  • 出身地・・・現在の鹿児島県鹿児島市吉野町
  • 父親・・・中村与右衛門(桐野兼秋)
  • 兄弟姉妹・・・5人兄弟姉妹(・与左衛門邦秋、(夭折)、半次郎利秋、・山ノ内半左衛門種国、

 

10歳の時に、半次郎の父親は、徳之島に流罪になります。

そしてドラマ『西郷どん』と同じように、録5石も召し上げられ、超貧乏になったのです。

兄は18歳の時に亡くなくし、半次郎は小作や開墾をして家族の生活を支えました。

史実の半次郎も剣術が得意で・・・

1862年3月(半次郎24歳)のときに、島津久光の護衛の仕事をすることになり、
京都に上京しました。

その同じ年に起きた寺田屋事件では、実際はほとんど関わっていなかったようですが、謹慎処分を受けてしまいます。

その後、倒幕運動に参加して、西郷隆盛にも認知されるようになるのです。

1866年坂本龍馬が襲われた寺田屋事件の後は、坂本龍馬の御見舞に何度も行っていたのというので、西郷隆盛とも坂本龍馬とも関係していた人なんですね。

半次郎は、仲間には情が熱い印象ですが・・・
もう一つの顔がありました・・・それは・・・幕府のスパイで暗殺屋!

1867年に幕末期の兵学者・政治思想家の赤松小三郎が何者かに暗殺されました。

後に、半次郎の日記に赤松を斬った詳細が書かれていたことと、本人の証言により、半次郎の犯行だとわかったのですが、半次郎に命令した人が誰なのかはわかりませんでした。

スポンサーリンク

赤松小三郎を粛清した理由は

薩摩の軍事機密を知りすぎていたことと、薩摩の武力討幕路線に反対の立場で、議会政治の導入により幕府と朝廷・薩摩の対立を融和させようと動いていたこと

だと言われています。

 

さて、半次郎は西郷隆盛とどんな関係だったのでしょうか?

答えは・・・

「西郷隆盛と勝海舟の階段に同席するくらい」です!

わかったような、わからないような・・・

要するに、半次郎は隆盛から信頼されていて、ボディガードの仕事をしました。

今流行の(?)BGです!

そして、「西郷隆盛の邪魔するヤツはたたっ斬ってやる!」的な人だったので、「人斬り半次郎」と言われていたとか…。

 

ちょいちょい目立っていたと思われる半次郎は、自身も暗殺されかかります。

風呂屋の帰りに、3人に襲われて、左手の中指・薬指を切断されたこともあります。

明治になってからの半次郎は出世して、陸軍少佐になります

明治5年には熊本の陸軍の司令長官にまでなりますが・・・

西郷隆盛が征韓論争で大久保利通らに破れ、政府の仕事をやめて鹿児島に帰ると
半次郎も陸軍の仕事をやめて地元に帰ったのです

地元・鹿児島に帰ってからの半次郎は、私学校(学校)作りに尽力し
開墾事業にも励みました。

その後、西郷隆盛が政府から狙われているという情報を聞き、西南戦争へと突き進むのですが・・・

半次郎の役割は

  • 軍備品の収集・調達
  • 軍の総司令と四番大隊指揮長を兼務

西郷隆盛と最後の最後まで一緒に戦った半次郎は、隆盛自害の後も戦い続け、ついに額に弾が命中して果てました。

傷は額だけではなくこんなに!⇩

  • 左の太ももに銃創
  • 右足に刀創
  • 左中指に刀傷
  • 腰部に貫通した銃創
  • 前頭からこめかみに貫通した銃創
  • 頭部に刀創

幕末は波乱万丈な人生を送る人が多かったと思いますが、半次郎は幼少期から壮絶な人生を送った人なのだと思います。

半次郎のお墓は、南洲墓地の西郷隆盛のお墓の隣にあります。

史実では、西郷隆盛との初対面がどんなだったかわかりませんでしたが、もしかしたら、『西郷どん』で見たような出会いがあったのかも・・・なんて思いました。

 

半次郎の子孫

半次郎のと妻・ヒサとの間に子供はできなかったのですが・・・

半次郎の弟の娘・桐野富美子さんが言うには、半次郎の弟とされている富美子さんの父・桐野利義ははんじろ言うの実子だったと、ヒサから聞いたというのです。

どういうこと?

他には、屯田兵として北海道に行った桐野利春という人物が半次郎の子孫だと言う話もあります。

半次郎、忙しくても恋愛は別ですよね!

子孫の方々が、今日もどこかで健やかでありますように…

 

スポンサーリンク

 

 - 人物, 大河ドラマ