南野陽子大河『西郷どん』で幾島役!役どころと史実は?子孫はいる?代役とは思えない貫禄!

   

南野陽子さんが大河ドラマ『西郷どん』で幾島(いくしま)役で出演します!

どんな人?役どころは?

そういえばあの女優さんのドタキャンで…と思うところもありますが、幾島の史実もガッツリ追っていきたいと思います!

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南野陽子さんの簡単プロフィール

私のようなアラフォーには説明は不要かと思いますが!

南野陽子(みなみのようこ)さんの簡単プロフィールはこちら!⇩

  • 生年月日・・・1967年6月23日(現在50歳)
  • 出身地・・・兵庫県
  • 身長・・・161.8 cm
  • デビュー・・・1984年(17歳)
  • 結婚・・・2011年3月3日(結婚相手は一般人)
  • 職業・・・歌手、女優
  • 主なヒット曲・・・「はいからさんが通る」、「吐息でネット」
  • 大河ドラマ歴・・・「武田信玄」

南野陽子さん、見たまんまですがお嬢様育ちだったと言われています。

兵庫県に住んでいる時に通っていた高校は松蔭高等学校(しょういんこうとうがっこう)。

兵庫県神戸市灘区にある中高一貫の私立女子校です。

 

高校2年生の時に上京して、堀越高校に編入しました。

歌手として、ガチのアイドルでしたね~。

で、2代目スケバン刑事で、鉄仮面被ってました!笑


↑クリックで動画にとびます

鉢かつぎ姫みたいに、ずっと鉄仮面被ってて顔洗ってないのに、こんなきれいな女の子出てくるわけないし!髪もツヤツヤじゃないの!

おまけに高知弁可愛い♪

 

そんなスケバン刑事も経験した南野陽子さんは、ありえないくらい美しさを保った女優さんです。

50歳?嘘でしょ?こんな50歳いないー!

不倫問題で『西郷どん』の幾島役を降板した斉藤由貴さんより、南野陽子さんのほうが随分若く見えます!

そんな(不倫問題で揺れた)幾島の役どころとは・・・?

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南野陽子さんが『西郷どん』で演じる幾島の役どころ

大河ドラマ『西郷どん』で南野陽子さんが演じる幾島(いくしま)という女性は、篤姫こと於一(北川景子さん)の教育係です。

将軍の嫁になるための花嫁修業って、多分料理やお裁縫なんてしなくていいだろうし、何を学ぶんでしょうね?

  • 上流階級の作法
  • 上流階級の文化
  • 上流階級の喋り方
  • 上流階級の人並の学問
  • 上流階級っぽい和歌の練習

とかかな?

さて幾島(南野陽子さん)は、徳川家定に嫁ぎ、大奥に住むことになった篤姫を陰ながら支えます。

更に、幕府の情報を薩摩藩に流すスパイみたいな役割も・・・

将軍の跡継ぎ問題では、島津斉彬(渡辺謙さん)の密偵を務めるのです。

やっぱりスパイかー。

このスパイの仕事、吉之助(鈴木亮平さん)と協力しあってやり遂げようとするので、南野陽子山演じるスパイ幾島というのが役どころですね!

では史実の幾島はどんな人だったのでしょう?子孫はいるのでしょうか?

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南野陽子さんが『西郷どん』で演じる幾島の史実!子孫はいる?

大河ドラマ『西郷どん』で南野陽子さんが演じる幾島(いくしま)の史実を紹介します。

幾島のプロフィール

  • 生年月日・・・1808年7月11日
  • 没年月日・・・1870年5月26日(満61歳)
  • 名前・・・朝倉 糸
  • 父親・・・薩摩藩御側用人の朝倉孫十郎景矩
  • 母親・・・久保田藩士・阿比留軍吾の娘の民(たみ)
  • 職歴・・・公家の近衛 忠煕(このえ ただひろ)に嫁いだ薩摩の姫(郁姫)の奥女中の過去あり

幾島さん、どんな教育を受けて育ったのか詳しくわかりませんが、公家に嫁いだ郁姫と過ごした教徒生活は、鹿児島在住の女中の中では随分洗練された文化を浴び放題だったのではないでしょうか。

幾島が最初に仕えていた郁姫は、島津斉興の異母妹です。

京都の公家で大臣の近衛忠煕の正室となる郁姫の側で、女官というか、高級女中だった幾島は、当時「藤田」と名乗っていました。

藤田・・・雅ですね。

やがて郁姫が亡くなると、藤田は出家して得浄院と名乗り、姫の菩提を弔っていましたが、斉彬が篤姫を養女に迎えて将軍家に嫁がせるために、

「都育ちの藤田って、都会生活やハイソは生活知ってるし、教育係に良いんじゃね?」

と言ったかどうかわかりませんが(言ってないでしょうね)

幾島は薩摩に呼び戻されます。

そして、篤姫の嫁入り前教育をした後、篤姫とともに大奥に入り、生涯篤姫を支え続けたのです。

が!

支えたというより、尻を叩いてたのかもしれません。

 

篤姫は斉彬に頼まれた将軍の跡継ぎ工作を、全然勧められませんでした。

まぁ。篤姫が男の子を産めば良いに越したことはないのでしょうが、篤姫は斉彬から頼まれた「慶喜を推してね!」という任務も果たせないでいたのです。

 

そんな時、幾島が

「篤姫、まだ任務遂行できませんの?ちょっと遅くてよ!」とキレて

京都の元ご主人の旦那、近衛忠煕に「手伝ってー!」と手紙を書いたのです。

その手紙の効力はどんなものだったのか…謎です。

 

そんな幾島、相当気が強い女性だったようです。

お金の使い方も思い切りが良くて、超やり手の女スパイだったと想像します。

きっと夜になれば変装して、闇から闇へ…(想像しすぎ!)

 

でも結局、幾島の努力もむなしく、篤姫は薩摩のスパイとしての仕事をやめて、本気で徳川の人間として生きていくこととなります。

やがて徳川幕府が終わり、明治時代が始まりました。

幾島はどうなったかというと・・・

1964年に体調を崩して、その数年後に大奥を引退しました。

江戸幕府が終わった象徴的な江戸無血開城でも、幾島の働きがあったといいます。

 

明治3年、1870年5月26日、満61歳の幾島は、東京で亡くなりました。

キャリアウーマンとして、一生を捧げた幾島。

きっと子供を産むことはなかったでしょうね。

いつの時代も出来る女性は、仕事と家庭を両立させることはできないんでしょうか。

きっと幾島は家庭を持つとか、子供を産むとかとはかけ離れた世界で仕事に打ち込んで生きたのだと思いますが、子孫がいなさそうなのは残念です。

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超個人的な意見ですが(いつも超個人的ですが)、初代スケバン刑事の斉藤由貴さんの代役が、2代目スケバン刑事の南野陽子さんというのは、しみじみするものがあります!

 - 人物, 大河ドラマ