青木崇高大河『西郷どん』で島津久光(しまずひさみつ)役!役どころやプロフィール・史実も紹介

   

青木崇高(あおき むねたか)さんが大河ドラマ『西郷どん』で島津久光(しまずひさみつ)役を演じています!

青い着物がめちゃくちゃよく似合う青木崇高さんってどんな人なのか、『西郷どん』での役どころや、史実との違いなど詳しく紹介します♪

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青木崇高のプロフィール

俳優・青木崇高(あおき むねたか)さんの簡単プロフィールはこちら!⇩

  • 生年月日・・・1980年3月14日(現在37歳)
  • 出身地・・・大阪府八尾市
  • 身長・・・185 cm
  • 趣味・特技
  • デビュー・・・2002年(22歳)
  • 結婚・・・2016年(優香さん)
  • 主な出演ドラマ・・・「99.9ー刑事専門弁護士」、「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」
  • 主な出演映画・・・「一命」、「るろうに剣心」、「雨にゆれる女」
  • 朝ドラ歴・・・「ちりとてちん」
  • 大河歴・・・「龍馬伝」、「平清盛」

元々モデルになろうかと面接を受けに行って、その場で俳優志望に変更したという青木崇高さん。

眼力がスゴイですよね!

今回『西郷どん』では鮮やかな青い着物の若殿ですが、顔立ちはワイルドだと思います!

それにしても、俳優志望で若い頃から・・・ではなく、面接の瞬間に俳優志望になって、青木崇高さんスゴイ。

2018年の5月に公開予定の映画、「モリのいる場所」にも出演されます!

俳優業絶好調ですね♪

そんな青木崇高さんが『西郷どん』で演じるのは・・・

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青木崇高が大河『西郷どん』で演じる島津久光(しまずひさみつ)の役どころ

大河ドラマ『西郷どん』で青木崇高(青木崇高さん)が演じるのは、薩摩藩主の息子、島津久光(しまずひさみつ)です!

藩主・島津斉興と、側室のお由羅の方との間に生れた久光。

渡辺謙さんが演じる島津斉彬の異母兄弟で、弟です。

 

この久光(青木崇高さん)は、可愛い弟で、できの良い兄・斉彬をとっても尊敬しています。

父・斉興と母・由羅は、斉彬のことが超嫌いなので、そんな環境にいると自分も影響されて兄の悪口を言ってしまいそうですが、久光(青木崇高さん)は違います!

「お兄ちゃん、何でも知ってる。スゴイ!」

みたいな弟。

そしてマザコン。

小柳ルミ子さん演じるお由羅の方にベタベタです。(お由羅の方の方が積極的にベタベタしているとも言うかも…)

そんな久光は、兄を差し置いて藩主になろうとは思っていないようですが、両親は久光を藩主にしようとして、お世継ぎ問題に発展するのす。

 

その後、藩主になった兄・斉彬が亡くなってから、久光(青木崇高さん)の息子が藩主になるのですが、久光は息子の仕事をしっかりサポートします。

ただ吉之助(鈴木亮平さん)とは、どうにもこうにも気が合わないというか・・・吉之助が久光のことを凡人だと思っているので良い関係にはなれません。

結局、吉之助を島流しにしたり、最後の最後まで対立するのです。

因みに大久保利通(瑛太さん)とは、仲良しになれます。

 

そんな青木崇高さんが演じる島津久光の史実とは?

違いはあるのでしょうか?

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青木崇高が演じる島津久光(しまずひさみつ)の史実

史実の島津久光の生れと没年はこちら⇩

  • 生年月日・・・1817年12月2日
  • 没・・・1887年(明治20年)12月6日(享年70歳)

長生きですね!

ドラマ『西郷どん』では、兄・斉彬役の渡辺謙さんが58歳で、弟・久光役の青木崇高さんが35歳で23歳差なので、親子かよ!?って見えます・・・

というわけで、史実の斉彬と久光の年齢比較~

  • 斉彬の生年月日・・・1809年4月28日
  • 久光の生年月日・・・1817年12月2日

8歳差でした!

 

久光の幼少期~青年期

久光は『西郷どん』の中では、母親の由羅にベタベタに可愛がってもらって育ってそうに見えますが、史実の久光は1歳になる前に養子に出ています。

1818年に種子島久道の養子になり、1825年3月13日(7歳)で島津宗家へ戻ってきました。

同じ年に重富島津家へ婿入り・・・島津久光、7歳で婿入りしました!って言っても、要するに婿になる前提の養子ですね。

10歳(1828年2月)に元服。

18歳(1836年2月)重富島津家の千百子と結婚式(婚礼の式)を挙げます。

21歳(1839年11月)で重富島津家の家督相続。

久光はずっと、島津宗家の外側にいたのですね。

 

そして兄・斉彬と同じく、久光もお勉強が大好き!

でも西洋の学問(蘭学)が好きだった斉彬と対照的に、久光は古くから日本に根付いた学問(国学)が好きだったそうです。

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久光の性格

久光は性格がキツイというか・・・気性が荒いというか、激しかったと言われています。

東海道を通る道中に、自分の行列を横切って通ったイギリス人を殺傷してしまった生麦事件や、京都で起きようとしていたテロを、平和に防ぐのではなく同士討ちさせたことから、久光は気性が激しいんだと印象づけられたのかもしれません。

更に明治政府の新しいやり方が受け入れられず、抗議のために一晩中打ち上げ花火を上げたとか・・・

それってお祝いみたいで、抗議になるのかよくわかりませんね!

 

西郷隆盛との関係は・・・最悪。

久光が斉彬のようなカリスマ性がなかったというより、久光のやり方が西郷隆盛にとってバカっぽく見えたみたいです。

西郷から上から目線でダメ出しされた挙句、「田舎者」って言われてブチ切れた久光は、西郷なんて島に流しちゃえ!と沖永良部島に島流し。

その後、明治政府の要人になた大久保利通とも良い関係ではなかったようで、西南戦争のときは中立の立場を取りました。

久光の子孫は?

久光自身は藩主にはなっていないけれど、久光の息子・忠義は斉彬の養子になって藩主になりました。

その後、久光の孫娘は皇族に嫁ぎ、そのまた娘が昭和天皇の妃になったのです!(香淳皇后)

 

島津宗家は現在でも続く名家です。

現在もご存命の島津宗家の・島津修久(しまづ のぶひさ)さんは、

  • 会社経営(株式会社島津興業代表取締役会長)
  •  鶴嶺神社宮司
  • 照国神社宮司
  •  平松神社宮司
  • 社団法人茶道裏千家淡交会鹿児島支部長
  •  薩摩古武道影之流顧問
  • 元鹿児島県公安委員

であり、その肩書の多さに驚きます!

でも何よりびっくりするのは、奥さんが西郷隆盛の曾孫ってこと!

おまけに奥さんとの仲人をしてくれたのは、大久保利通の孫の大久保利謙さんだったのです!

 

歴史はまだ続いてる!って感じます。

その他にも天皇家や皇族、徳川家、財閥に嫁いだ久光の子孫たち。

久光のDNAは日本のあちこちで生きているんですね~。

島津久光は、兄・斉彬と同じかそれ以上に、日本に影響した人と言えるかもしれないなぁ~と思いながら青木崇高さんの久光を見ようと思います♪

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