沢村一樹大河『西郷どん』で赤山靱負(あかやまゆきえ)役!プロフィールと役どころ&史実との違いは?

   

沢村一樹さんが大河ドラマ『西郷どん』で赤山靱負(あかまつゆきえ)役を演じます。

沢村一樹さんのプロフィールと赤松靱負の役どころを詳しく紹介します!

更に赤松靱負の史実とドラマとの違いも見てみましょう♪

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沢村一樹のプロフィール

大河ドラマ『西郷どん』で赤松靱負(あかまつゆきえ)役を演じる沢村一樹さんのプロフィールはこちら!⇩

  • 生年月日・・・1967年7月10日(現在50歳)
  • 本名・・・野村耕蔵(のむら こうぞう)
  • 出身地・・・鹿児島県鹿児島市
  • 身長・・・184cm
  • デビュー・・・1996年(29歳)
  • 主な出演ドラマ・・・「浅見光彦」、「ショムニ」、「DOCTORS」、「レンタル救世主」
  • 主な出演映画・・・「椿山課長の七日間」、「ごくせん」
  • 朝ドラ歴・・・「ひよっこ」
  • 大河ドラマ歴・・・「利家とまつ〜加賀百万石物語」、「篤姫」

ぶっちゃけ私の中での沢村一樹さんはNHKの「サラリーマンNEO」での❝セクスィー部長❞ですけど!

 

また復活しないかなぁ😌#サラリーマンneo #セクスィー部長

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鹿児島市出身の沢村一樹さんは、プライベートで西郷隆盛役の鈴木亮平さんの薩摩弁しばりで飲み会してくれたり、楽しく大河ドラマを盛り上げてくれているようです♪

そんな沢村一樹さんの演じる赤山靱負の役どころとは・・・?

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沢村一樹が大河『西郷どん』で演じる赤山靱負(あかやまゆきえ)の役どころは?

大河ドラマ『西郷どん』で沢村一樹さんが演じる赤山靱負(あかやまゆきえ)とは…

薩摩の名門・日置島津家の出身です。

日置島津家というのは、後に薩摩藩主になった島津のご先祖様で、島津宗家の、第15代当主島津貴久(戦国時代の武将)の三男・島津歳久の子孫です。

吉之助(鈴木亮平さん)の父・西郷吉兵衛(風間杜夫さん)が仕えていた上司です。

西郷家とは古くから交流があり、吉之助は赤山靱負(沢村一樹さん)のことを先生のように尊敬しています。

下女として岩山糸が働いていたのは、この赤山さんです♪

多くの若者に学問を教え、慕われていた人物…という役どころです。

 

赤山靱負(沢村一樹さん)は、薩摩藩の将来ために島津斉彬を藩主にしたくて、色々手を尽くすのですが…藩主の斉興にバレて粛清されます。

切腹の折には吉兵衛(風間杜夫さん)が介錯するのです。

まだ若い吉之助(鈴木亮平さん)は赤山から多くのことを学び、感じました。

西郷隆盛、大久保利通たち日本にとっての重要人物の礎を築いた父親的人物です!

さて、赤山靱負の史実はどんな人だったのでしょう?

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沢村一樹が演じる赤山靱負(あかやまゆきえ)史実&ドラマとの違いは?

大河ドラマ『西郷どん』で沢村一樹さんが演じる赤山靱負の史実は・・・

  • 生年月日・・・1823年2月27日
  • 没・・・1850年4月15日(27歳)
  • 藩主の島津家と親戚

ちょっと待った!

吉之助(鈴木亮平さん)こと西郷隆盛が生れたのは1828年でしたよ!?

なんと史実の西郷隆盛と赤山靱負は5歳差でしたー。

先生っていうより、先輩?

 

赤松靱負の父親の名字は「島津」で、お兄さんの名前は島津久徴(しまずひさなが)です。

島津久徴は薩摩藩家老を務めていました。

どれくらい赤松靱負の実家が名門かって言うと、藩主の島津家の次くらいです。

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西郷隆盛と赤山靱負は4~5歳の歳の差なので、少年時代は兄弟のような関係で、隆盛が色々教わっていたのではないかと言われています。

この頃の藩主・島津斉興は、60代も近いのに隠居せずに藩主の座にとどまり続けていました。

嫡男の斉彬は外国かぶれしていたので、藩の財政危機を恐れて斉興は家督を譲れなかったと考えられていますが、もう一つ理由があります。

島津斉興は側室の由羅のことが大好きで、当然その息子の久光のことも気に入っていました。

だから久光に家督を譲ろうとしていたから、嫡男・斉彬に家督を譲ろうとしなかったとも言われています。

そこで起きてしまったのが「お由羅騒動」。

藩主・島津斉興に隠居して、斉彬に藩主になってもらうために赤山靱負たちは活動していましたが、そんな時に、側室の由羅が斉彬の子どもたちを呪詛しているのではないかと疑いが持ち上がるのです。

そして赤山靱負らの「斉興隠居計画&斉彬藩主計画」が斉興にバレるのです!

そりゃあ、斉興にしたら斉彬に家督を譲らないために隠居せずにいたのに、それを家臣に邪魔されたら怒りますよねー!

そんなわけで、斉興がめちゃくちゃ腹を立てたので、赤松靱負ら「斉興隠居計画&斉彬藩主計画」の首謀者は切腹を命じられたのです。

赤松靱負は自分の志を生き残ったものたちに託し、切腹しました。

西郷隆盛の父は、赤松靱負の切腹時に介錯していたという話もありますが、本当のところは加藤新平(剣豪家)だったとも言われていて、はっきりしたことはわかっていません。

ただ、西郷隆盛の父・吉兵衛は、赤松靱負が切腹時に着ていた血の付いた襦袢(下着)の切れ端を持ち帰り、隆盛に渡したといいます。

隆盛は兄のように慕っていた赤松の襦袢を握りしめ、一晩中泣いたそうです。

その時の無念の気持ちは、西郷隆盛の原動力の一部であると考えられています。

27歳で切腹した赤松靱負のお墓は、鹿児島県日置市にあります。

場所は桂山寺跡です。

西郷隆盛に大きな影響を与えたであろう赤松靱負を、沢村一樹さんがどんなふうに演じてくれるのか楽しみです!

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