渡辺謙大河『西郷どん』で島津斉彬(しまずなりあきら)役!役どころや史実は?年齢設定が変?西洋かぶれで写真が趣味だった!

   

渡辺謙さんが大河ドラマ『西郷どん』で島津斉彬役を演じます!

島津斉彬はどんな役どころ?

史実ではどんな人で、何をした人なのでしょうか?

演じる渡辺謙さんや鈴木亮平さん、鹿賀丈史さんとの年齢設定についても見てみます♪

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渡辺謙のプロフィール

超有名な俳優さんなので、ご存じの方はこのコーナーをすっ飛ばして次に進んで下さい~

  • 生年月日・・・195910月21日(現在58歳)
  • 本名・・・渡辺
  • 出身地・・・新潟県北魚沼郡広神村
  • 身長・・・184cm
  • デビュー・・・1979年(20歳の時)
  • 著名な家族・・・南果歩(妻)、渡辺大(息子)、杏(娘)、東出昌大(義息子)
  • 大河ドラマ歴・・・「山河燃ゆ」楠田武 役、「独眼竜政宗」伊達政宗 役、「炎立つ 第一部・第三部」 藤原経清・藤原泰衡 役、「北条時宗」北条時頼 役

 

1989年(30歳)のとき、急性骨髄性白血病を発症し、1993年(34歳)の時に一旦治療は終わりました。

1994年(35歳)のときに再発しましたが、その後は良好な状態だということです。

そして活躍の場をハリウッドへ・・・

 

ハリウッド俳優になるなんて、元々英語ペラペラだったの!?って思いましたが、実は渡辺謙さん、2003年の公開された「ラストサムライ」の撮影が決まってから英語の勉強をしたそうです。

英語を学び始めた時の謙さんの年齢は43歳!

私達も今からでも遅くないです!

とはいえ、謙さんは1日8時間の英語学習を5ヶ月間続けたといいます。

なんと根性のある人でしょうか、だからこそ俳優業でもトップに立てるのだと思います。

そんな渡辺謙さんが演じる島津斉彬の役どころは・・・

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渡辺謙大河『西郷どん』で島津斉彬(しまずなりあきら)の役どころ

大河ドラマ『西郷どん』で渡辺謙さんが演じる島津斉彬は薩摩藩第11代藩主。

世界を見据えた政治思想を持っています。

下級武士だった西郷吉之助(隆盛)の才能を見抜き、自分の分身のように働かせ、最終的には「お前はわしになれ」と言うのです。

斉彬は、養女・篤姫を将軍・徳川家定に嫁がせ、一橋慶喜を将軍にしようと画策しますが、大老・井伊直弼に邪魔されて達成できませんでした。

1858年、斉彬は失意の中で病に倒れ、亡くなります。

 

主役の西郷どんにとって、斉彬を失ったことは灯台を失ったことと同じで、同志・月照と一緒に入水して斉彬の後を追ったほどです。

それだけ西郷隆盛にとって、島津斉彬は大きな存在だったので、『西郷どん』でもカッコ良く、存在感抜群の憧れのヒーローのような役どころですね。

 

渡辺謙さんが演じれば、大物オーラがゴウゴウと出ること間違い無し!

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渡辺謙と島津斉彬の年齢

 

現在58歳の渡辺謙さん。

今回、島津斉彬の20代から演じます。

 

1809年に生まれた斉彬と、1828年に生まれた西郷隆盛とは19歳差

1959年生まれの渡辺謙さんと、1983年生まれの鈴木亮平さんとは24歳差

 

まぁ、斉彬と西郷どんの年齢差は許容範囲。

 

(個人的に)問題なのは、斉彬と父・斉興の年齢差。

1791年生まれの斉興と、1809年生まれの斉彬とは、18歳差

斉興役は鹿賀丈史さんなので・・・

1950年生まれの鹿賀丈史さんと、1959年生まれの渡辺謙さんとは、9歳差

違和感しかないー!

 

斉興と斉彬が一緒に映るシーンで、「親子」に見えないのは私だけではないはず!

どう見ても兄弟だよ~!!!

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渡辺謙大河『西郷どん』で島津斉彬(しまずなりあきら)の史実

 

斉彬は、第10代藩主の島津斉興(しまずなりおき)と正室・弥姫(いよひめ)の長男として1809年4月28日に生まれました。

母の弥姫は聡明で、当時は珍しく乳母ではなく自分の母乳で子育てしてくれたそうです。

そして子どもたちに勉強を教えてくれたのも母。

嫡男で、当然のごとく時期藩主として育てられ、曽祖父・島津重豪(しまずしげひで)に可愛がられました。

重豪は蘭学(西洋の学問)が好きで、西洋の文化を次々と薩摩藩に取り入れ、斉彬にも熱心に教えました。

しかし重豪の海外志向のせいで薩摩藩は、お金のかかる西洋的なものを次々取り入れ経済的に苦しくなったのです。

 

結局、幕府に秘密で貿易した利益で、なんとか赤字を解消しましたが、薩摩藩の家臣にとって蘭学は「無駄遣い」の対象であり、西洋好きの斉彬が藩主に就くのって大丈夫!?と不安がられたのです。

因みに斉彬の趣味は写真撮影。超ハイカラで最先端の趣味ですね!

 

薩摩藩の経済的不安からか、父・斉興の愛する側室・由羅のせいか、斉彬が藩主に就けたのは42歳のときでした。

江戸時代は通常、藩主の仕事は息子が成人して社会人になる年齢になると、父親が息子に譲ったので、40歳過ぎても藩主の座に就けなかったというのは、とても珍しいことでした。

 

最終的には、「父やその家臣が密貿易してるんですよー」と幕府にバラし、失脚させて自分が藩主になったのです。

西洋の勉強をしてきた斉彬は、薩摩に西洋の科学技術を取り入れ、造船技術、金属の精製技術、上質なガラス製造技術などを高めました。

斉彬は西洋かぶれのせい(おかげ?)で、日本のずっと未来を見据えた改革をしようとしたリーダーなのです。

 

最後は、一橋慶喜(後の徳川慶喜)を将軍にしようと西郷隆盛を使って、あちこち手を回したり、将軍家定に養女・篤姫を嫁にやったりします。

結局、井伊直弼に邪魔されて、家定の従兄弟・慶福が将軍に…。

 

斉彬は、(裏)工作を失敗したので、次は武力に訴えようと鹿児島城で軍の準備をしているところ、激しい下痢を伴う病で1858年に49歳で亡くなります。

 

斉彬の死因となった激しい下痢を伴う病気とは・・・暗殺説もあるのですが、コレラだったのではないかと言われています。

ドラマ『仁』でコレラの病人が寝かされているシーンを思い出して、斉彬はどんなふうに寝かされていたのかと想像してしまいました!

鹿児島場内でコレラが流行っていたのでしょうか…?

どうなんだろうー!?

 

ともかく、志道半ばで亡くなった斉彬ですが、遺言で次の藩主に異母弟の久光の息子・忠義を指名。

実は斉彬と久光は母が違っても仲の良い兄弟だったのです。

 

渡辺謙さんが大河ドラマ『西郷どん』で演じる島津斉彬、きっとスーツで脇差しつけたり・・・現代の少年のような和洋折衷の格好が見れるみたいですよ!

放送が楽しみです♪

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 - 人物, 大河ドラマ