村田諒太プロフィールと経歴まとめ☆中学生の時にどんなヤンキーだった?高校の恩師・武元先生深い言葉に感動

   

ボクシングのWBA世界ミドル級の新王者村田諒太選手についてまとめました。

ボクシングを始めたキッカケやプロフィールは?

中学の時にどんなヤンキーだった? 支えてくれた家族や、高校時代の恩師についても紹介します♪

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村田選手のプロフィール

  • 生年月日・・・ 1986年1月12日(31歳)
  • 出身地・・・奈良市
  • 身長・・・182cm
  • 体重・・・72.5kg
  • 好きな食べ物・・・うなぎ、みかん
  • 階級・・・WBA世界ミドル級

 

村田諒太選手の中学時代

奈良市出身の村田諒太選手は、小学校6年生の時に両親が離婚してしまい、荒れた少年時代を過ごしたそうです。

村田選手中学生の時の武勇伝(?)

  • 中1・・・金髪だった。授業に出なかった。高校のボクシング部に参加。
  • 中2・・・アロハシャツで登校。
  • 中3・・・プロボクサーを右ストレートで倒す

武勇伝、じゃないですね。

金髪も、今の村田選手にとっては黒歴史かもしれませんが、アロハシャツで登校って・・・ごめんなさい、笑いました。アハッ

中3でプロボクサーを倒したのはスゴイですねー!

倒されたプロボクサーって誰なんでしょう? これは公表しちゃ駄目なヤツかな?

村田選手がボクシングを始めたキッカケ

村田選手がボクシングを始めたキッカケは、金髪にするわ、授業に出ないわ、と荒れてるのを見かねた担任が勧めてくれたこと。

荒れてるからボクシングを勧めたのに、アロハシャツで学校に行ったということは、外見上はそのまま?

もしかして、アロハシャツも信念のある村田ファッション?(←そんなわけない)

村田諒太選手の高校時代~大学時代

村田諒太選手は、ボクシングの名門で、私立の南京都高校(現在は京都廣学館高等学校)に進学しました。

(↑この高校は、数々のプロボクサーや、プロ野球選手、プロレスラーの出身校です。)

村田選手は当時からとっても強い選手で、ボクシング部の中では、自分にも部員にも厳しい少年だったといいます。

 

 

そこで恩師の武元前川先生と出会います。

 

高校生の時、部活内のトラブルを収めるために、村田選手は暴力をふるってしまいます。

ケンカをしてしまったことで、村田選手はしばらくボクシングから距離を置いてしまいます。

 

そんな時、恩師の武元先生が言ってくれました。

「手を出した時点でお前が悪い。ましてや、ボクシングから逃げ出して何になる?
お前の拳は、そんなことをするためにあるんじゃない。
あらゆる可能性が込められた拳なんだよ。」

心から村田選手を思って言ってくれた言葉でした。

この後、村田選手は名だたる大会を制覇、タイトルを総なめ。

大学は、武元先生の勧めてくれた東洋大学に入学し、全国チャンピオンとなりました。

 

そして村田選手は、大学卒業後、東洋大学の職員となりました。

アロハシャツの少年が、大学職員ですよ!

 

村田選手の恩師・武元前川先生ってどんな先生?

武元先生の外見はダンディ。

男から見てもカッコイイ男。

 

そして中身は・・・

その実、あんなコワイ人は世の中広しと言えどなかなかおりません。

武元先生は沖永良部の出身のようで、方言で怒るとホントに怖かったそうです。

方言が聞き取れなかった武元先生の同僚が、適当に返事してたら、また怒るという…

どうすれば良いんですか。(><)

 

そんな武元先生は、怖い中にも深い愛情を持って生徒と接していたのでしょう。

人としての礼儀、物事の筋道、人の痛みを生徒たちにしっかりと教えました。

素敵な先生です。

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村田諒太選手のボクシング経歴

村田選手はアマチュアボクシング選手の時、

全日本選手権で5回も優勝しています。

  1. 第74回ミドル級王者(2004年):東洋大学生の時
  2. 第77回ミドル級王者(2007年):東洋大学生の時
  3. 第79回ミドル級王者(2009年):東洋大学職員の時
  4. 第80回ミドル級王者(2010年):東洋大学職員の時
  5. 第81回ミドル級王者(2011年):東洋大学職員の時

 

2012年(26歳):ロンドンオリンピックで金メダルを取りました!

因みに2008年の北京オリンピックのときは、残念ながら予選落ちで、現役を引退しました。

 

2013年(27歳):プロボクサーになりました。

2017年(31歳):WBA世界ミドル級のチャンピオンになりました。

 

村田諒太選手の家族

村田選手の奥さんは4歳年上の佳子さん。

京大出身の秀才で、実家はお金持ち。

そして噂によると、東洋大学の職員で、村田選手と同僚だったかも…あくまでも噂です。

 

村田選手の試合前、妻・佳子さんは、

一緒に禁酒に禁酒してくれて、「どこかに連れて行って」とは言わないそうです。

 

そりゃあ、立派!   かな。

 

私、夫に「どこかに連れて行って」って言ったことがないです・・・。

思ったより、世界チャンピオンの嫁のハードルが低いのか、他にも色々あるのか。

 

ありました。

夫を暗示にかけること。

冷蔵庫も前に、なりたい未来を過去形で書いて張っていたそうです。

この自己暗示方法は、佳子さんだけではなく、村田選手も日記に書いて実行していたということです。

「チャンピオンになりたい!」ではなく「チャンピオンになりました。ありがとう!」っていう違いですね。

これはボクシングをやっていない人でも、すぐに真似したいです!

 

さてさて、村田選手の子供は、息子さんと娘さんの二人。

しかも超のつくイクメンで、趣味は子育て。

子供のオムツ替え、お散歩、保育園のお迎えもかなり積極的にやっていたそうです。

本当のイクメンかどうかは、子供のお風呂に入れる前に、子供の着替えを用意できるかどうかです!

村田選手はどうでしょうか!?

 

村田諒太選手の恩師の言葉

村田選手が試合の後に言っている、武元先生の言葉は、戦う人の言葉というより、哲学者の言葉のようです。

「努力したからといって、報われるわけじゃない。 でも努力しないと報われない。」

「ボクシングは相手を踏みにじって、その上に自分が立つ。だから勝つ人間は、その責任が伴うんだ。」

深い。

深い言葉です。

高校生の時に、こんなに素晴らしい先生に出会えら村田選手は幸せ者ですね。

 

武元先生は、2010年2月に亡くなりました。

もっと長生きして、もっと多くの青少年(中年にも)に影響を与えてほしかったです。

村田諒太選手のますますのご活躍をお祈り申し上げます!

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