『直虎』徳川信康役は平埜生成(ひらのきなり)どんな人?史実や役どころ・結末は?わがまま息子か悲劇の息子か

      2017/11/13

大河ドラマ『直虎』で徳川家康の息子、信康を演じているのは、俳優の平埜生成(ひらのきなり)さんです!

平埜生成(ひらのきなり)さんってどんな人なのでしょう?

演じる徳川信康の役どころとは?家康の悲劇の息子?

【直虎】家康と家臣の年齢差は?誰が年上で誰が年下なの?史実と俳優の年齢も気になる

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『直虎』徳川信康演じる平埜生成(ひらのきなり)どんな人?

 

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平埜生成(ひらのきなり)の簡単なプロフィールはこちら!

  • 生年月日・・・1993年2月17日(現在24歳)
  • 出身地・・・東京都
  • 身長・・・173cm
  • 体重・・・61kg
  • 所属事務所・・・アミューズ
  • デビュー・・・2007年頃(当時14歳くらいですね!)
  • 趣味・特技・・・ギターとサックス演奏、ハンドボール、ダンス
  • 愛称・・・きなり、きな兄
  • 兄弟姉妹・・・弟が1人

平埜生成(ひらのきなり)さん、最初は名字が読めませんでした!

本名は?と思って調べてみると、「生成(きなり)」は本名とのこと。

ということは平埜(ひらの)という名字は本名じゃないのかもしれませんね。

 

平埜生成さんは、中学生の時、吹奏楽部に所属。テナーとバリトンサックスを担当していたそうです。

女子の多い吹奏楽部に、こんなイケメンがいたら私だって入部したいわー。

 

さて、平埜生成さん、舞台に映画に時々テレビドラマ…と大活躍で

2017年9月30日に公開された映画『亜人』でゲン役で出演しています♪

そして10月21日に公開された映画『斉木楠雄のψ難』では不良のボスB 役で出演中!

「不良のボスB 役」って…どこ?わかんないです!(´;ω;`)

ともかく、平埜生成さんの大河ドラマ『直虎』での役どころを見てみましょう♪

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『直虎』平埜生成(ひらのきなり)演じる徳川信康の役どころや結末は?悲劇の息子?

大河ドラマ『おんな城主直虎』で平埜生成さんが演じるのは、阿部サダヲさんが演じる徳川家康の嫡男・信康(のぶやす)です。

そして、菜々緒さんが演じる瀬名姫の息子。

無理がありすぎー!

菜々緒さんの実年齢28歳。生成さんの実年齢24歳!

その差4歳なんだから、母と息子って言われても視聴者が「???」ってなっても仕方ないですね~。

 

さて生成さんが演じる信康の史実とは…

史実の徳川信康

1559年4月13日(永禄2年3月6日)

信康は、徳川家康がまだ駿府の今川の人質だった頃、家康と瀬名姫都の間に生まれました。

井伊万千代(菅田将暉さん)の2歳年上で、嫡男です。

桶狭間の戦いの後、瀬名姫と岡崎に移ったと言われていますが、瀬名姫は姑・於大の方に嫌われて岡崎城に入れなかったと言われているので、母親とひとつ屋根の下で暮らせなかったと思われます。

 

1567年(永禄10年5月)

織田信長の娘・徳姫と結婚して、信長の義理の息子となります。

この時、信康も徳姫も9歳(満8歳)。

この年、家康が浜松城の主となったので、信康は元服し岡崎城の主となりました。

信康の「信」は「信長の信」であり、信康の「康」は「家康の康」です。

今なら小学生の年齢で、両家の間を取り持つ重要な役目を追っていたんですね。

 

1570年(元亀元年)

正式に信康が岡崎城主になりました。

 

武将としても長篠の戦いで功績を立てているので、優秀なのかもしれませんが・・・

あくまでも史実というか、噂みたいなものですが、信康は問題児だったかもしれないのです。

父・家康を敬わなかったとか、奥さんの徳姫が女の子しか産めなかったので大切にしなかったとか、家臣と仲が悪かったとか、性格が悪かったとか・・・

もし、信康に実際会ってみたら、良い人かもしれませんが、結局、嫁の徳姫が実家の父・織田信長に手紙で告げ口したのです。

徳姫の手紙には、「婿殿が優しくしてくれない!女の子しか産めてないからって、元武田の女を側室にした!姑が意地悪する!」など、十二箇条も書かれていたといいます。

この徳姫の手紙を信長に届けたのは酒井忠次(みのすけさん)なのですが、信長の前で信康をかばうこともなかったとか…。

そして信長は家康に「信康の首を切って持って来い!」と命令します。

家康は信長の気持ちをなだめようと、家臣に頑張らせたという話もあります。

 

1579年(天正7年8月4日)

信康は岡崎城から大浜城に移らされ、次に堀江城、さらに二俣城に移らされた上に、9月15日に切腹させられました。

満20歳(享年21)のことでした。

 

その後、信康の首は家康の手によって、織田信長のところに持っていき確認をとってから、岡崎の若宮八幡宮に葬られました。

 

信康が20歳でその人生を終わらなければ行けなかった理由は、沢山の説があって、何が事実なのかわかっていません。

興味があったらぜひ、調べて見て下さいね。

大河ドラマ『直虎』での徳川信康(平埜生成)の役どころと結末

信康(平埜生成さん)は、真面目で礼儀正しくて、優等生キャラです。

良い息子なんです。父・家康との仲も良い。

 

ある日、瀬名姫(菜々緒さん)と離れて暮らす徳川家康(阿部サダヲさん)と側室の間に、男の子が生まれました。

男の子の名前は長丸(ちょうまる)。後の二代目将軍・徳川秀忠です。

家康には信康(平埜生成さん)という嫡男がいますが、今は岡崎暮らし。

跡目争いの始まりです。

 

嫡男・信康は、織田信長の娘を嫁にもらっているので、かなり跡取りとしても有利な気がしますが、子供は女の子しか生まれていません。

瀬名姫は、家康の側室が産んだ男の子に不安を覚えます。

そこで、自分の息子の信康(平埜生成さん)が、少しでも有利になるようにと、男の子を産める側室を探し始めるのです。

 

家康は、何やら揉め事の臭いに気付き、自分のいる浜松城と、信康のいる岡崎城を交換して丸く収めようと考えました。

戦略的にも重要拠点である浜松城を、織田信長の娘婿・信康に任せるというのは、瀬名姫にも信康にも、更に信長にも喜んでもらえると思ったのですが・・・

 

安土城の建築祝に酒井忠次(みのすけさん)を使いに出すと、帰ってきた忠次がおかしなことを言うのです。

「信長の娘・徳姫が信康にないがしろにされていると手紙をよこした。おまけに信康は武田と通じて織田に謀反を起こそうとしている。けしからんから首を跳ねろ!」

と信長は家康に命令しました。

調べてみると、徳姫は信長に手紙を出しておらず、信康も謀反を起こそうとしていない。

ただ信長が信康に、高い官位をくれようと言ったのに、信康が辞退していたのだ。

信康は、信長に近づき過ぎないほうが懸命だと判断したのですが、それが信長の逆鱗に触れてしまった、というのが真相のようでした。

家康は、必死で信康を逃がそうとします。

そんな中、瀬名姫は信康をかばって自分が武田との内通首謀者の濡れ衣を着るために、ウソの武田との内通文書を作って、息子の身代わりになりました。

それでも信長は許してくれず、結局、家康は嫡男・信康を自刃させてしまうのです。

直虎、万千代、家康は悲しみに暮れますが、亡くなった瀬名姫のために、家康は駿河を落とす戦を始めるのでした。

 

あの織田信長の前では、常人達はどうしようもないのですね。

信康(平埜生成さん)の最後が観れるのは、第46回の「悪女について」です。

皆でハンカチ片手にテレビの前に集合ですよ!

徳川信康の母・瀬名姫についてはこちら

徳川信康の祖母。於大の方についてはこちら

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