光石研大河『直虎』で明智光秀役!役どころやネタバレ・史実を紹介☆『ひよっこ』で中華料理屋してました。

   

光石研さんが大河ドラマ『おんな城主直虎』で明智光秀役を演じます。

朝ドラ『ひよっこ』では中華料理店店主・福田五郎役を演じていましたね!

明智光秀って何をした人か、知ってる人は多いと思いますが、『おんな城主直虎』ではどんな人物として描かれるのでしょうか。史実もわかりやすくまとめました。

正義の味方? それとも・・・?

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『直虎』で光石研演じる明智光秀の史実

明智光秀は、小説やマンガでは知的で貴族の文化にも精通していて、野性的に描かれがちな織田信長とは対象的な印象があります。

史実での明智光秀は・・・

明智光秀の出身地

明智光秀の出身地は美濃国。

1528年に生まれました。(たぶん)

美濃源氏土岐氏の支流・明智氏の出身であると言われています。

意外と庶民というか、身分は低かったと思われます。

親戚の叔母さんが、斎藤道三の嫁で、織田信長の嫁・濃姫と親戚だったとも言われています。

 

明智光秀が織田信長の家臣になったきっかけ

明智光秀は、元々は出身地美濃で働いていた説が有力です。

斎藤道三の家臣→朝倉義景の家臣→足利義昭の家臣→織田信長の家臣

又は

足利義輝の家臣→足利義昭の家臣→織田信長の家臣

というように、何度か転職して最後に織田信長の家臣となっています。

 

明智光秀は、斎藤道三の息子義龍に城を奪われ、浪人生活の後、越後の朝倉義景に使えました。

足利の将軍家が朝倉義景を頼ったことがきっかけで、光秀は幕府の足利義昭の家臣となります。

 

その後、将軍と織田信長の仲介役となり、幕府の家臣と織田信長の家臣を兼務することになりました。

 

1571年の比叡山焼き討ちの時に、明智光秀は大活躍し、織田信長に認められて大出世!

近江国(5万石)をもらいました。

この時、幕府の家臣をやめて、織田信長の家臣となったのです。

 

明智光秀はどこの城主になった?

1580年、織田信長の家臣となった明智光秀は、色々ありましたが(←省略しすぎ!)信長の命令で丹波国を攻めて、GETしました。(29万石)

52歳にして大・大・大出世で、丹波国と近江国を治める34万石の領主様になりました。

持ち家(城!)は

  • 丹波亀山城
  • 福知山城
  • 周山城
  • 黒井城

明智光秀はなぜ織田信長を討った?

明智光秀は、織田信長が徳川家康を安土城に招待した時にお世話役を命じられました。

でも家康のお世話途中で、信長に、「やっぱ戦行ってくれる?」と無茶振りされます。

渋々、明智光秀は戦の準備をして出かけるふりをするのですが、途中で引き返してきて本能寺で寝ている信長を襲ったのです。

「明智光秀、どうした?」って感じですよね。

なぜ、明智光秀が織田信長を討ったのか…

有力説だと言われているのは「四国説」。

「四国説」は信長が四国も攻めようとしてたんだけど、明智光秀は縁のある土佐の長宗我部元親を攻めたくなくて、信長を討ったという説。

他は、やっぱり「怨恨説」。

明智光秀だって人間だもの。嫌なことも色々あったさ。って言う説ですね。

 

明智光秀の最後は?

本能寺の変の後、織田信長の命令で備中(岡山県)を攻めていた羽柴秀吉は、戦をさっさと和睦させて、京都の明智光秀の方に攻めてきました。

そして天王山の戦い(山崎の戦い)で秀吉に敗れた光秀は、逃げ延びる道中に落命しました。

光秀、52歳の計算になります。

光秀の最後は、自害だったのか、落ち武者刈りにあって竹槍で刺されたとか、諸説ありますが、はっきりしたことはわかっていません。

 

明智光秀の子孫はどうなったのかと言いますと…息子たちは行方不明なので、秀吉に討たれたのか、生き延びて何処かで隠れて生きていったのかわかっていません。

娘たちは、細川ガラシャは有名ですが、他の娘たちも武将のところへ嫁ぎ子供を産んだはず。

現在、明智光秀の子孫と言われている人は、ナレーターのクリス・プぺラーさんと、歴史研究家の明智憲三郎さんです。

 

では大河ドラマ『おんな城主直虎』では、光石研さんがどんな風に演じてくれるでしょう?

役どころやネタバレを紹介します。

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光石研が大河『直虎』で演じる明智光秀の役どころやネタバレ☆正義の味方?それとも悪人?

『直虎』では、光石研さん演じる明智光秀は、織田信長(市川海老蔵さん)から徳川家康(阿部サダヲさん)の暗殺を命じられます。

しかし光秀は家康の暗殺計画を実行するふりをして、逆に信長を討ってしまおうと考えます。

 

その信長暗殺計画を、光秀は徳川家康に持ちかけて、協力を仰ぐのです。

そして信用してもらうために、自分の子供を井伊谷に預けます。

 

徳川家康は明智光秀の計画に乗るべきか迷いつつも、信長に招待されて安土城に行くことになります。

 

明智光秀曰く、信長の計画は「家康を安土城に招待し見学させ、堺見物をさせ、最後に京の本能寺でお茶会する時に家康を葬る。」というものでした。

光秀の計画では、「本能寺で家康ではなく信長を討つ」というものです。

 

しかし、光秀は家康のお世話係をするはずでしたが、急に信長から備中(岡山県)攻めに加わるように命じられ、仕方なく戦の用意をするために、予定の行動が取れなくなってしまいました。

この先どうなるのか、家康は不安にかられながら、堺から京へ向かう途中、本能寺で信長が討たれたという知らせを受けます。

それから11日後に、圧倒的な兵で攻めてきた羽柴秀吉(豊臣秀吉)に天王山の戦い(山崎の戦い)にて破れ、逃げる途中に落命します。

井伊谷に預けた息子・自然(じねん)は、直虎(柴咲コウさん)が出家させ生き延びさせました。

 

結局のところ、明智光秀(光石研さん)は、徳川家康の命を救おうとしたわけだし、家康側の直虎にとっては、「味方」ととらえて良いかと思います。

真意は不明ですけどね。

 

大河ドラマ『おんな城主直虎』に登場する明智光秀(光石研さん)は、彗星のごとく現れ、去っていく衝撃的な存在ですね。

登場するのは第48話、と第49話で、最後から2番目と3番目です。

徳川家康や直虎目線での明智光秀、どんな存在に感じられるのか、登場が楽しみです♪

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