中村織央大河『直虎』石川数正役☆ワイルドなイケメン!どんな人?役どころと史実も紹介

      2017/10/15

中村織央(なかむら おずの)さんが大河ドラマ『おんな城主直虎』で石川数正役を演じています!

颯爽と馬で登場したあのワイルドなイケメンはどんな人なのでしょう?

あのCMに出演してた?

そして『直虎』での役どころを、史実と共に詳しく紹介します。

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中村織央ってワイルドなイケメン!どんな人?

中村織央さん。読み方は「なかむら おずの」さん。

初めてお名前を聞いた時、「織央」で「おずの」って読めるのに驚きました!

 

中村織央さんの簡単なプロフィールはこちら!

  • 1986年生まれ(2017年で31歳になります。)
  • 東京都出身
  • 2008年デビュー
  • 身長189cm

中村織央さんのは朝ドラ『ごちそうさん』(2013年~2014年)で、め以子に縁談を断られる役で出演したそうなので、料理屋の若旦那役だったはず…。

 

デビューして9年経った中村織央さんですが、個人的には2015年の日産NV350キャラバンのCMが印象的です。

⇩ ⇩ ⇩

↑クリックで動画に飛びます

この髭の似合う竹野内豊さんや、大谷亮平さん系のイケメンは誰?となったものです。

 

そして遂に中村織央さんが大河に出演!

身長が189cmで東出昌大さんと一緒なので、時代劇にはイマイチなんだと言われてきたそうですが、馬に乗って颯爽と登場し中村織央さん、めちゃくちゃカッコよかったですよね!

そう、馬の上だったから身長も問題なかったのか、馬に乗っていない時は常に膝立ちで家臣らしく演技するのか気になります。(^_^;)

では次に、大河『直虎』での中村織央さんの役どころについて、史実も交えてお話します!

 

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大河『直虎』で石川数正を演じる中村織央の役どころや史実

中村織央さんが大河ドラマ『おんな城主直虎』で演じるのは石川数正。

公式サイトのプロフィールは

家康が今川家の人質時代から仕える。桶狭間の戦い後、家康が独立した際には今川方の人質となっていた妻子を取り戻す交渉にあたった。

1533年石川康正と松平重吉の娘との間に、石川数正(中村織央さん)は生まれました。

子供の時の名前は助四郎、与七郎。

元服して父親の名前をそのままもらって、石川康正となりましたが、後に和正になりました。

 

徳川家康がまだ竹千代で、今川の人質だった頃からの家臣ですが、最初からではありません。

 

1549年、家康の父・松平広忠が亡くなった時に、家康(6歳)の里帰りが許されて、一時的に岡崎城に戻りました。

そして再び今川の人質として駿河に向かう際に新な家臣であり友として一緒に行ったのが石川数正(中村織央さん)です。

年が近いって言っても、家康の生まれた年は1543年なので、1533年生まれの数正(中村織央さん)は10歳年上だしが友人に慣れたとは思えませんけどね。

 

1560年桶狭間の戦いの時も数正(中村織央さん)は家康と出陣。

そのまま岡崎城に残りますが、駿河に残した家康の妻・瀬名姫(菜々緒さん)とその息子を助けに行ったのは、大河ドラマと同じく数正(中村織央さん)です!

数正(中村織央さん)どうやって瀬名姫を助けたかというと、・・・今川氏真の親戚を人質に取って、「交換しませんか?交換してくれないと首ハネちゃうよ?」という、「脅し」ですね。(^_^;)

 

 

1563年にあった「三河一向一揆」では、家康側の家臣の多くが一行側になり、家康は苦戦を強いられます。

この時、数正の父・石川康正も一向一揆に加わっていました。

でも酒井忠次(みのすけさん)と同じく数正(中村織央さん)も家康側に残り、その後家老になれたのです。

 

『おんな城主直虎』に登場する数正(中村織央さん)は、優秀な武士であり、男気があって情もある人です。

酒井忠次(みのすけさん)は、時々「目的のためなら手段は選ばない!」という怖い印象がありますが、数正(中村織央さん)は、出来る男だけど優しさもある感じがします。

またイケメンの中村織央さんが演じてるから余計に良い人に見えます~

 

後に、瀬名姫(菜々緒さん)とその息子・松平信康が、織田信長への謀反の疑いで処刑される時も、全力で守ろうと画策してくれたようです。

ダメだったけど。

 

だからこそ家康からの信頼も厚く、岡崎城主になったのですが

1583年、「賤ヶ岳の戦い」で、家康の使者として、豊臣秀吉のところを訪問した時に、数正(中村織央さん)は秀吉にべた褒めされ、その後、家康の秀吉との交渉担当になります。

 

1585年11月13日(又は11月12日)、数正(中村織央さん)は、家康の家臣を突然辞めて豊臣秀吉側に寝返りました(出奔という転職と言えるかも?)

ちょうど、家康が真田丸のお父さん、真田昌幸と戦っていたときだったので、家康は大慌てで戦をやめました。

 

こんな忙しい時に大事な家臣に転職されて、家康も大変だったでしょう。

 

この数正(中村織央さん)の転職は、数正の意思だったのか、秀吉のヘッドハンティングだったのか、わかっていません。

もしかしたら、一向一揆の時に、お父さんが家康に背いてからずっと居心地悪かったのか…

そもそも家康と性格が合わなかったのか…

まさかだけど家康のスパイとして秀吉のところに潜り込んだのか…。

 

ともかく、数正(中村織央さん)は秀吉から和泉に八万石を頂戴し、後に松本にも八万~十万石を頂戴しています。

 

晩年は、秀吉の挑戦出兵のため、1592年に、九州の肥前国まで出陣したところで亡くなりました。

享年61でした。

 

1613年(慶長18年)10月19日のこと。数正(中村織央さん)の息子・石川康長(いしかわやすなが)は松本藩主なりましたが、結局家康に気に入られず、領地隠匿の罪とか、今で言う脱税の罪などで流罪となり、家は取り潰しとなりました。

 

なんか最後が寂しくなる石川数正の史実でしたね。

『直虎』では、秀吉側に転職する前までしか登場しないと思うので、素直に中村織央さんのイケメンっぷりを楽しみます♪

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