六角精児大河『直虎』で本多正信(ほんだ まさのぶ)役!どんな人?役どころや史実も紹介

      2017/10/15

六角精児さんが大河ドラマ『おんな城主直虎』で本多正信(ほんだ まさのぶ)役を演じます!

六角精児ってどんな俳優さん? 

そして本多正信とは? 役どころや、史実も紹介します♪

武田勝頼の史実&役どころ・奥野瑛太さんについてはこちら

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大河『直虎』で本多正信役の六角精児ってどんな人?

バイプレーヤーとして確かな地位を築いている六角精児さんって、どんなイメージですか?

私の六角精児さんのイメージは、「ヒーローやヒロインの側で、汗かいて一生懸命働く真面目な人」です。

 

生年月日は1962年6月24日で現在55歳(2017年8月)。

演劇歴は高校生から、というベテラン俳優です。

 

俳優活動以外では、公私の友人たちと”六角精児バンド”というバンド活動をしています。

⇩  ⇩  ⇩

↑クリックで動画に飛びます。

けっこう渋いですね~

 

そして六角精児さんのいつもの役のイメージとはぜんぜん違う、意外なことと言えば・・・

わりと高学歴!

出身高校は、神奈川県立厚木高等学校(偏差値69)

入学した大学は、学習院大学。(6年間在学し、中退)

 

そしてギャンブルにハマりやすく、結婚を4回もしてるってことでしょうか。(4回目の結婚は、2回めの奥さんとの復縁)

バンドからどれも意外だったのは私だけ?!

 

では次に、六角精児が大河『直虎』で、どんな役を演じるのか詳しく紹介します!

 

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大河『直虎』で六角精児演じる本多正信の史実や役どころは?

六角精児さんが大河ドラマ『おんな城主直虎』で演じるのは、本多正信(ほんだ まさのぶ)という武将。

 

1538年(天文7年)に、三河国(愛知県東部)の本多俊正の息子として生まれました。

次男です。

 

本多の家は貧しく、正信(六角精児さん)は鷹匠として今川の人質だった徳川家康に仕えていました。

 

桶狭間の戦いの時も、家康の家臣として同行。

その時に足(膝?)を怪我してしまい、後遺症で一生足を引きずっていたとか。

 

徳川家康が今川氏真から独立して、そのまま家臣として仕えていたのかと思いきや・・・

1563年(永禄6年)の三河一向一揆で、一揆側で戦ったのです。

正信(六角精児さん)は家康に歯向かったのですねー。

 

三河一向一揆は、徳川家康にとって、三大危機と言われるほど、家康側にとっては大変な戦いになりました。

一揆の中心勢力は、家康の親しい家臣とお寺。

宗教も絡む内紛と考えて良いかと思います。

 

結果は、家康側の勝利で、正信(六角精児さん)と一緒に戦った弟の正重は、再び家康の家臣になったのですが、正信(六角精児さん)は家康のもとに帰りませんでした。

その後、正信(六角精児さん)は松永久秀に仕えた後、浪人生活をします。

 

しかも正信(六角精児さん)は浪人生活中に、石山合戦(石山本山と織田信長の戦い)に参戦していたという話もあります。

 

その後、いつの時点でか定かではありませんが、家康の家臣として帰参を許されて、後に家康の参謀として知力を発揮しました。

 

これらのエピソードだけでも、本多正信(六角精児さん)という人物は自分を持っているというか、信念がある人なんだろうと感じるのですが・・・

 

一時期お世話になっていた松永久秀は、正信(六角精児さん)のことを

正信は剛にあらず、柔にあらず、卑にあらず、非常の器である。

と評しました。

 

正信(六角精児さん)は、めちゃくちゃ戦が強いわけではないし、芯のない弱い人間というわけではない。

卑しくもないし、他に存在しないような素晴らしい人物っていうことでしょうね。

 

高評価です!

 

しかも家康とは、後に親友のような関係になり、刀を外さずに寝所に出入りOKだっととか。

それはすごい信用されていたエピソードです。

 

役どころとしては、青年になり家康の家臣となった「虎松の同僚」。

年齢は、かなり正信(六角精児さん)の方が上ですけどね。

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